立ち止まって考える必要のない記事の方がアクセスを得やすいんじゃないか

専門書より雑誌、技術書よりブログ本、医療書籍より医療バラエティ、データを使った会社の業績の評価より感情と感覚で表現した評価。

一概には言えないんでしょうけれど、1つ1つ立ち止まって考える必要があるものよりも、立ち止まって考える必要のない記事やコンテンツの方がよく読まれているんじゃないかと思うんです。

では、立ち止まって考える必要のない記事を書くとした場合、アクセスを得るのにどのような記事を書くと良いのかと考えると、メッセージ性のある文章や考えないと言いつつも役立つ記事でなければアクセスを得ることはできないはずです。

しかし、メッセージ性のある記事、また疑問や問題提起の記事を書くにしても本当に突き詰めて書いていくとなると書いていることを裏付けるデータが必要になりますし、そのデータが妥当なものなのかも検証が必要です。

さらに、データの受け取り方によって全然違う導き方もできる場合もあります。さらに内容のロジックも切り口1つで変わることもよくあることです。新聞は各社同じ対象の事を記事にしても裏付けのデータ記事が乏しい割に自分なりの切り口で書いています。

そのように考えると、確実なことを突き詰めて書こうとするよりも、ある程度割り切って自分の切り口でそこそこの文章で誰かが満足する程度の記事を書くのが良いのではないかと思います。

本当に突き詰めて書こうとすると論文のようになるはずで、それでは書きたいことも最後まで書くことができなくなります。

また、突き詰めて書くと絶対に文章が長くなるので読まれる可能性はかなり低下するはずです。読んでほしくて書いたのに読まれないということになります。

ただし、内容によっては長い文章になったることもあるはずで、そのようなときは、ストーリーを意識して記事を構築するほうが好まれて読まれやすいと思います。私自身そのような文章の方を読んでしまいます。

実際に、あるサイトの記事を見ていると難しい論理やデータを使っている記事よりも、ストーリーや感情を交えたものの方にコメントが多くあるところをみると、多くの人にとって好まれる記事とはそういうものなんだと思うわけです。

これは、オピニオン系だけではなく、技術系の記事でも長い記事のものがありますけれど、人気のあるサイトの記事では、見出し、小見出しというように区切りを入れつつストーリーのような流れになっているので、ジャンルに限らず流れのある記事を作ることも読んでもらう重要な要素だと思ったわけです。

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